初めに

日本史的には、けん玉が日本に伝わったのは、江戸時代の安永6、7年(1777年)のころといわれておりますが、世界史的、人類史的、地球史的、そして宇宙史的にさかのぼると、けん玉の歴史は果てしない過去にさかのぼることができるロマンの世界です。

今回は、けん玉を従来の固定概念に捕らわれることなく、歴史学的、文化人類学的、教育学的、学際的に研究し、現代のけん王の未来のあり方を模索してみたいと思います。

(1)進化の原点「宇宙の誕生」

現在の最新宇宙論は、ビッグ・バン仮説に基づく宇宙原理と、人間中心主義に基づく人間原理が主張されております。宇宙史的には、宇宙の誕生及ぴ地球の誕生とけん玉とは全く関係ないようにも思えますが、宇宙一周、地球回し、宇宙遊泳等の宇宙規模のけん玉の技名は、けん玉の深奥に宇宙が内在していることを暗示していると考えるのも楽しいことです。

(2)人類の直立と「手」の誕生

けん玉進化論にとって、もっとも関係の深い歴史的事実は、何といっても人類の誕生でしょう。人類にとって直立して二足歩行できることは、前足である手が使用可能になったことを意味しており、けん玉にとって最も重要な事実の「手」の誕生は、この直立歩行によって可能になったと言われております。

(3)狩猟民族による「手具」の発明

手は、身の回りのものから、狩猟用手具、生活用道具を作りだす役割を果たし、人類の生命を支えたと思われます。人類初期の手具は、狩猟用手具としての投石用の石、ブーメラン、槍、弓等であったことは各種遣跡の発掘品から明らかになっております。

(4)狩猟用手具と遊戯用手具の分離

問題は、この様な手具が、純粋な狩猟用具と遊戯用具に分離していたかにあります。また、いつ分離していったかが重要です。この点を検討する時に、狩猟用手具を発明した直後の人類が、獲物を仕留めた時に、「限りない喜び」を感じたことが重要です。この「喜び」が現代のスポーツの原点といわれております。この「喜び」に注目して、仕事用具としての狩猟用手具、遊び用具としての遊戯用手具の区分をするためには、次のような仕事と遊びの定義を検討する必要があります。

  • 1)遊びと仕事の共通点:どちらも楽しい、喜びを感じる。
  • 2)相違点
    • 遊び=いつでも好きな時にできる。いつでもやめられる。
    • 仕事=生きるためには、簡単にはやめられない。

狩猟民族時代には、狩猟用具は成人の仕事の手具としての位置付けが重要であり、成人前の子供の訓練用具こそ遊戯用具に他ならないと思われます。この点こそ、けん玉の原点を探求する時の鍵になります。藤原会長が主張している「けん玉の原点=狩の秘法説」(文部省編集「文部時報」平成4年5月号P70参照)によれば「一見、たわいのない遊びに思えるが、古老や父親がケモノの急所をつきさす“狩り”の秘法としての遊びのなかに取り入れたと思われる」はこの観点からはかなりの説得力のある有力説です。

(1999 けん玉通信 No.110 より)